コラム

【コラム】事業承継と遺言

【コラム】事業承継と遺言

筆者:佐藤 祐介
後継者の学校 東京校 パートナー
弁護士

第1 はじめに

こんにちは。後継者の学校,パートナーの佐藤祐介です。
これまでこの後継者の学校のブログにて,何回か記事を書かせていただきましたが,今回はそれよりも長めの記事を書かせていただくこととなりました。
事業承継の具体的ケースを踏まえつつ,法律や裁判例のことを書いていけたらと思っています。
早速ですが,以下のケースをご覧ください。いずれも相続の場面で,遺産分割協議書や遺言の有効性が争われ,裁判にまで発展しました。これらのケースで,もし仮に遺言について,適切な対応をしていれば,ここまで大きな争いに発展していなかったかもしれません。

<一澤帆布のケース>

まずは一澤帆布の事例です。

一澤帆布は,1905年に京都で創業された老舗カバン店で,読んで字のごとく帆に使われる丈夫な布を利用したカバンを製作・販売し,カジュアルなデザインと丈夫な品質で人気を博していました。
さて,そんな一澤帆布,三代目である一澤信夫さんが亡くなった際,相続争いが発生しまた。具体的には,2つの遺言が出てきて,最初の遺言に従えば,三男の方が会社の経営権(=株式を相続できるということです。)を取得できますが,2通目に出現した遺言によれば,経営権を握るのは長男の方ということになったため,三男の方と長男の方との間で,2通目の遺言が無効か否かをめぐり,裁判となったのです。そして,これは最高裁判所まで争われ,最高裁は2通目の遺言は無効ではないと判断し,この争いは長男の勝利で終わりました。これに対して三男の方は,もともと一澤帆布で仕事をしていた職人の方々と共に,新ブランド「一澤信三郎帆布」を立ち上げたのです。
更に,その後に行われた新たな訴訟で,2通目の遺言は無効という判断がなされたため,三男が経営権を取り返しました。

 

<ニトリのケース>

次はニトリの事例です。

「お,ねだん以上」というキャッチフレーズで有名なニトリ。もともと北海道の札幌において,「似鳥家具店」という名前で営業をスタートさせました(似鳥家具店からニトリに変更したのは1986年)。創業者は,似鳥義雄さんという方で,当時は,この方と妻,そしてお子様という家族総出でお店を切り盛りしていたようです。その後,ニトリは全国的に有名になっていきます。以前は郊外にあるというイメージでしたが,最近は新宿や銀座,上野などにも出店するなど,都心でも店舗を見かけます。
そんなにニトリにも相続争いがありました。それは,1989年に創業者の似鳥義雄さんが亡くなった際,長男の方が,遺産分割協議書に基づいて株を全て相続したのですが,その約18年後,長男の方以外の相続人(似鳥義雄さんの妻と,長男以外の子供達)によって,「あの遺産分割協議書は偽造されたものあって,それに基づく遺産分割は無効だ!」と主張がなされ,裁判になったのです。
もっとも裁判所は,遺産分割が無効であるとは判断しませんでした。

以上,報道などもされた有名な事業承継のケースを,ざっくりではありますがご紹介しました。この2つのケースから学ぶところはたくさんあるかと思いますが,その1つとして,遺言に関する視点があるかと思います。
たとえば,上記一澤帆布の事案ではそれぞれの遺言が自筆証書遺言でした。仮に遺言の方式を公正証書遺言とすれば,形式・内容に不備が生じるリスクが減り,遺言の有効性が争われることは無かった可能性があります。
また,ニトリの事案でも,相続財産の分配を,話し合いによる遺産分割協議書の作成という方法ではなく,予め公正証書遺言という方法にしていれば,疑義が生じなかったかもしれませんし,遺言の方がスムーズに相続財産の分配ができたかもしれません。
このように,事業承継の場面では,遺言が有効に活用できることもあります。そのため,以下では遺言に関する基本的な知識を確認し,1つ裁判例を紹介するという流れにしたいと思います。

 

第2 遺言の基本的内容

1 遺言を作成するメリット

まずは,遺言を作成することでどんなメリットがあるのか確認してみましょう。

⑴ 遺言者の意思の実現

遺言がない場合,残された人たち(相続人といいます。)は,遺言者(遺言を書いた人です。)が残した財産の分配方法を,話し合いで決めることになります(この話し合いを「遺産分割協議」といいます。)。
ただ,そうすると,相続人間での話し合いですので,遺言者の希望とは異なる形で財産が分配される可能性もあります。また,法定相続人以外の者に財産を託す,ということも難しくなってきます。そのため,遺言を残すことで,自分の財産を,誰に,どのように分けるか,その意思を反映させることができるのです。
なお,遺言を残す場合には,その内容を決めるに際して,遺留分に配慮する必要があります。遺留分とは,兄弟姉妹以外の法定相続人(つまり,配偶者,子,直系尊属です。)に認められるもので,遺言者の残した財産のうち,これらの法定相続人の方々には一定の割合で財産が確保できるという制度です。今回の記事では,この遺留分について掘り下げることはしませんが,遺言によって財産を後世に残す場合,その内容によっては遺留分の問題が生じますので,この点に配慮する必要があります。

⑵ 相続のスムーズ化

亡くなった方の財産を分ける場合,遺言がなければ,話し合い(遺産分割協議)を行なうことになります。これが,相続人の中で円滑に進めばいいのですが,場合によっては,「この土地は俺がほしい。」,「株は私が欲しい。」,というように,相続人間の希望がぶつかり合い,調停をせざるを得ないという可能性があります。そして,調停でも話し合いがつかなければ,審判という手続に移行します(調停,審判ともに裁判所で行われる手続ですが,調停は調停委員を介して双方の話し合いが行わる場であり,審判は裁判官が双方の言い分を元に判断を下す場です。)。更に,かかる審判でも当事者がその内容に納得しない場合,即時抗告といって,上級裁判所に不服申立てをすることが出来ます。
このように,遺産分割協議がまとまらない場合,亡くなった方の財産の行き先が確定するのに,何ヶ月も,下手をすると何年も時間がかかってしまうことになります。
そのため,このようなリスクを回避する方法として遺言が有効な手段の一つとなります。

2 遺言の種類

遺言を作成することのメリットを簡単にご説明しました。では,遺言とはどのような種類があるのでしょうか。
遺言を大きく分けると,普通様式特別方式の2つに分けることができます。ただ,後者の特別方式というのは,病気やその他の事情によって死期がさし迫っている場合や伝染病を患い病院で隔離されている場合など,特別な状況において遺言作成を認めるものですので,問題となるケースはあまり多くありません。なので,以下では普通様式の遺言について話を進めていきたいと思います。

 

3 普通様式遺言の種類

普通方式遺言の種類は3つで,自筆証書遺言公正証書遺言秘密証書遺言,となります。このあたりの言葉は皆さんも聞いたことがあろうかと思います。
それぞれどのような遺言か,そして,どのようなメリット・デメリットがあるのか,簡単にご説明します。

⑴ 自筆証書遺言

遺言を記載する用紙は何でも構いませんが,「自筆」というだけって,本人が,その全文,日付及び氏名を自書しなければなりません。そのため,ワープロ等による機械による印字や代筆は認められません。
このような自筆証書遺言のメリットは,誰にも内容を知られず,いつでも書けること,そして,費用がかからない,ということかと思います。これに対してデメリットは,その作成に専門家が関わらないため方式・内容の不備が生じる可能性が高いこと,遺言が発見されずに終わってしまったり,破棄・隠匿されてしまったりする可能性があること,検認手続(検認とは,裁判所で遺言を点検・確認する手続です。)を要するために,その手続に早くとも1か月以上の時間がかかってしまう可能性があること,等があげられます。

⑵ 公正証書遺言

公証役場において,公証人の前で遺言の内容を伝え,それを公正証書にしてもらう方法により作成します。そして,公正証書は,公証役場においても保管されます。
この公正証書遺言のメリットですが,その作成に公証人という,元裁判官・元検察官の方が関わるので,形式・内容の不備が生じる可能性が低いことが挙げられます。また,検認手続がないので,速やかに遺言の内容を実現することができます。さらに,遺言は公証役場にも保管されるので,破棄・隠匿のリスクもありません。これに対してデメリットは,作成の際に手数料がかかることが挙げられます(金額については,公証役場のHP等をご確認ください。)。

⑶ 秘密証書遺言

内容を作成し(必ずしも自書である必要はありません。ただし,遺言者の署名は必要です。),封をして公証人に提出することによって作成します。
秘密証書遺言のメリットは,だれにも内容を知られないということ,改ざんのリスクがないこと,その遺言が遺言者のものであると明確に出来ること,が挙げられます。これに対してデメリットは,自筆証書遺言と同様,内容について公証人のチェックが入らないため,形式・内容の不備の可能性があること,検認手続が必要になるため,スピーディな遺言内容の実現にはならないこと,が挙げられます。

4 どの方式によるべきか

以上述べたことを踏まえると,もし遺言を作成する場合,公正証書遺言を選択すべきではないかと思います。たしかに作成に伴い手数料が掛かってしまいますが,内容の作成にあたっては,公証人が法的な観点からチェックをするため,無効となる可能性が他の方式に比べて少ないですし,遺言の内容を実現する場合でも検認手続を要しないので,速やかに対応できることになります。

 

第3 裁判例紹介

遺言を作成する方式として公正証書遺言にメリットが大きいという話をしました。
ただ,もちろん公正証書遺言が法的トラブルを産まないかといったら,そうではありません。以下で,公正証書遺言について問題となった裁判例を紹介します。
これは,末期がんである遺言者によって死亡6日前に作成された公正証書遺言について,無効か否かが争点となりました。遺言は,遺言者が遺言作成時に遺言能力,すなわち単独で有効に遺言できる資格を有していなければ無効となってしまいますが,上記のような遺言者の当時の状況に照らして,裁判所は,遺言者に遺言能力が欠けていたとして,遺言は無効と判断しました。

 ●東京高裁平成25年8月28日判決

「前記認定事実によれば,確かに,被相続人は,遺言する意思を有し,自己の遺産の配分等について,遅くとも平成22年2月ころより検討していたことが認められる。しかしながら,被相続人は,進行癌による疼痛緩和のため,同年2月末ころから,慶應義塾大学病院より麻薬鎮痛薬を処方されるようになり,同年7月23日に同病院に入院した後は,せん妄状態と断定できるかどうかはともかく,上記の薬剤の影響と思われる傾眠傾向や精神症状が頻繁に見られるようになった。そして,本件遺言公正証書作成時の被相続人の状況も,公証人の問いかけ等に受動的に反応するだけであり,公証人の案文読み上げ中に目を閉じてしまったりしたほか,自分の年齢を間違えて言ったり,不動産を誰に与えるかについて答えられないなど,上記の症状と同様のものが見受けられた。加えて,本件遺言の内容は,平成22年1月時点での被相続人の考えに近いところ,被相続人は,同年7月に上記考えを大幅に変更しているにもかかわらず,何故,同年1月時点の考え方に沿った本件遺言をしたのかについて合理的な理由は見出しがたい。
以上のような本件遺言公正証書作成時ころの被相続人の精神症状,同公正証書作成時の被相続人の態様及び合理的な理由がないにもかかわらず,被相続人の直近の意思と異なる本件遺言が作成されていることに鑑みると,被相続人は,本件遺言公正証書作成時に遺言能力を欠いていたと認めるのが相当である。」

最近は高齢化に伴い,上記裁判例のように,遺言者の遺言能力が問題となり,遺言の有効性が争われるケースが多くなっているようです(他の裁判例として,東京地裁平成20年11月13日判決。)。そのため,遺言を作成するにあたっては,余裕をもって検討することが望ましいですし,もし今回のような状況のもとに遺言を作成するとなった場合でも,事前に医師の診断書を作成する等,十分な対策を講じる必要があろうかと思います。

第4 最後に

今回は,世間を賑わせたお家騒動から,遺言に焦点をあて,その基本的知識をお話しし,最後に関連する裁判例を紹介させていただきました。この記事によって,事業承継に望む方々の「技」の醸成に少しでも役立っていただければ幸いです(この「技」というのは,後継者が養うべきポイントとして後継者の学校が考えるものです。全てで3つあり,「心」「体」「技」となりますが,この点については,同パートナーである石橋税理士の記事をご覧ください。)。
なお,遺言は事業承継における有効なツールではありますが,これだけで全てを解決できるものではないことは言うまでもありません。上記事案では,たとえば,人的要因が鍵になっていたかもしれません。この点,後継者の学校では,事業承継に取り組むにあたって多角的な視点を養う場を提供しており,後継者の方々が事業承継に向けたロードマップを形成できるようなお手伝いをさせていただいています。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。またこのような記事を書く機会がありましたら,他の法分野についても裁判例を紹介しつつ記事を書いてみたいと思っています。
以上

(後継者の学校パートナー 東京校 佐藤祐介)

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