コラム

【コラム】「事業承継時の株式信託活用」について

【コラム】「事業承継時の株式信託活用」について

筆者:村中 順子
後継者の学校 九州校代表
むらなか司法書士事務所 司法書士

事業承継時において当事者が直面する課題に株式の問題があります。「株価が高く思うように後継者へ贈与、売買ができない」「株価は低いけれど経営の全てを後継者に任せるには不安がある」など多くの中小企業が株をめぐる問題に直面しています。でも、その悩みに解決できる方法があるとしたらどうでしょうか。その方法をみてみましょう。


事例(1)

「後継者の経営能力に問題がないが、株価が高すぎて後継者への株式の移転ができず、後継者が会社経営に必要な議決権を取得できない」問題を解決したい。

Aさん(39歳)は株式会社X社の後継者です。現社長は父Bさん(69歳)ですが、数か月後に代表交代し、Aさんは社長に就任する予定です。
先日、父であるBさんから「社長交代と同時にX社の株式も全てAさんに譲るつもりだ」と言われました。父が所有しているX社の株価は2億円の評価があります。株価が高く、贈与を受けると多額の贈与税が発生してしまい、買取資金もAさんにはありません。しかし、父の年齢や今後の経営を考えるとこの状態には不安を感じており、Aさんはなるべく早く株式を取得し、名実ともに社長として会社経営をしたいと考えています。

 <株式会社X社>
後継者 Aさん(39歳)
現社長 Bさん(69歳) X社社長、X社の創業者で株式は100%所有
X社の株価 2億円

 

・株式の持つ意味

このAさんのケースのように会社の株を取得し、名実ともに経営者としてふさわしい立場につきたいけれど、株価が高く、贈与税や売買費用がネックになり株式の移転ができないという相談を受けることがあります。同族経営の多い中小企業は、普段はあまり株主としての立場を意識することは少ないかもしれませんが、株主という立場は会社を所有することを意味し、議決権を何%所有しているかでその行使できる権利は変わります。つまり株主として議決権を持つことは、会社経営に口を出す権利があることを意味し、議決権を何%所有しているかでその権利の種類も変わります。
(議決権を全く持たないまま社長になった後継者が、業績を上げた後、株主から解任され会社を乗っ取られたという主導権を巡る争いは、よく耳にする話です。)
また、議決権を100%持つ株主Bさんが認知症や病気などで意思表示ができなくなった場合、会社の株主として役員を選解任することも、社名を変更するなどの定款変更すらできなくなってしまい、経営の大きな足かせになってしまう恐れもあります。
後継者Aさんは株式を巡るこの問題を、課税される、資金調達が困難であるという理由だけでは放置することができないのです
そもそも流動性のない中小企業の株式は、経営権を持つ者にしか意味はありませんが、経営者にとってはその立場の法的な根拠を司るとても重要なものなのです。

どのような解決策があるでしょうか、考えてみましょう。

解説(1)

この事例(1)の問題点は「後継者の経営能力に問題がないが、株価が高すぎて後継者への株式の移転ができず、後継者が会社経営に必要な議決権を取得できない」というものです。この問題に関し信託という方法が有効であると言われています。
平成18年の法律改正で、信託銀行などを通さない個人間の信託も可能になったことで、活用の幅が広がり中小企業の議決権の問題にも利用が可能になりました

スキームを具体的にみていきましょう。

(図1)

信託1

① まず、株主Bさんが後継者Aさんとの間でX社株式を信託財産として「信託契約」を結ぶ。
(Bさんを「委託者」兼「当初受益者」、Aさんを「受託者」、さらに「二次受益者」をAさんとする)
② ①に基づき、X社の株式の名義をAさんに変更する。
③ 現株主Bさんから株式会社X社へ信託を開始したことを通知する。
④ 受託者Aさんは株主として、X社へ議決権を行使する。
⑤ Bさんが死亡したときは、受益者をAさんとする定め(二次受益者)をしておくことで、受益権がAさんに移動する。
⑥ AさんはBさんの死亡により信託契約を終了させることも可能
終了すると株式は実質Aさんに帰属する。

つまり、AさんとBさんの間でX社の株式を目的財産として信託契約を締結するだけで、株式名義をAさんに変更でき、その後はAさんが議決権を行使していくことができます。
 しかも信託に基づいてBさんからAさんへ株式名義が変更されているので、贈与税は発生しないのです
(Aさんは贈与を受けたわけではない。名義だけをAさんに代えたイメージ)

AさんはX社の議決権を行使することが可能になり、もし仮に父Bさんが認知症などを発症して意思表示ができなくなっても、それによって会社経営には影響は及びません。
Bさんが死亡した場合には「二次受益者」をAさんと指定しておくことで、即座に受益権はBさんからAさんに移転し、その後にAさんが信託契約を解除すれば名実ともにAさんはX社のオーナー株主になります。(ここで株式の所有者がAさんになる)

この方法をとると、課税や資金調達の問題で株価の高い株式の移転が難しいケースに対応が可能となります。課税は、受益権が移転した時に行われることになります。
課税を逃れるために行うものではないことに注意が必要です。したがって、株価対策は別途必要になりますが、実質的な会社支配権(議決権)を即座に後継者に移すことができるメリットがあります。
経営者は、会社経営を後継者に譲り、株主の立場からも離れることができ、完全に経営から引退することが可能となります。

・株式を信託するとは

少々専門的な説明になってしまったので、株式を信託するとはどういう意味なのかもう少し解説します。

まず、株式を信託するとその株式は信託契約に基づいて「受託者」と呼ばれる人に名義が変わります(後継者Aさんのこと)。信託を依頼する人のことは「委託者」と呼びます(現社長Bさんのこと)。
株式には大きく分けると①議決権と②配当などの利益を受ける権利の二つがあり、信託をすることで①と②を別人に帰属させることができるようになります。この効果で、株式の名義は後継者であるAさんに変更でき、Aさんはその権限で会社に対して議決権を行使することが可能になります。
②の配当を受ける権利は、「受益者」に帰属します。(事例(1)ではBさんを「委託者兼契約当初の受益者」としているので、配当を受ける権利はBさんに帰属するということ))
課税は、「受益権」と呼ばれる利益を受ける権利の移転に伴って発生します。そのため、信託を行い株式の名義がAさんに変更された時点では課税されません(受益権の移動ではないので課税されない。受益権はBさんにある)。信託が終了した時の最終の受益者や、二次受益者などに受益権が移動した際には通常通りの課税が発生します。しかし、課税といっても特別なものではなく、よくよく考えると当たり前の課税がなされるだけの話です。
余談ですが、たまに「信託は節税につながる」という話を耳にしますが、はっきり言って大した節税にはなりません。(信託の目的財産が不動産の場合に、流通税の節税効果が結果的に生じることはありますが、これが主目的では信託とは呼べません。)
むしろ節税目的で信託を行ってしまうと、信託そのものを否認され、かえって追徴課税されるリスクもあります。信託というものは元々節税目的に行うものではないことは理解しておく必要があります。


事例(2)

「後継者の経営能力がまだ十分ではないが、株価が高く、贈与や売買だと課税や資金調達の問題がある。経営者の高齢化で経営がストップする事態は避けたい。」という問題を解決したい。

Cさん(39歳)は株式会社Y社の後継者です。現社長は父Dさん(69歳)ですが、5年後をめどに代表交代し、Cさんは社長に就任する予定です。Cさんはまだ後継の覚悟ができておらず、経営の全てを任せられるのには不安を感じています。
父が所有しているY社の株価は2億円の評価があり、株価が高く贈与を受けると多額の贈与税が発生してしまい、買取資金もCさんにはありません。しかし、父の年齢や今後の経営を考えると、この状態では不安を感じている状態です。

 <株式会社Y社>
後継者 Cさん(39歳)
現社長 Dさん(69歳) Y社社長、Y社の創業者で株式は100%所有
Y社の株価 2億円

 

解説(2)

事例(1)と似たようなケースですが、大きく異なるのは「後継者の経営能力にまだ不安があり」、後継者自身も、経営者自身もそれを感じていることです。経営者の高齢化に基づく各種の問題は事例(1)で記載した通り共通しますが、後継者の経営能力に不安があるので会社の支配権である議決権の全てを後継者に任せることができないというケースです。

この場合も信託を活用することができます。スキームを具体的に見ていきましょう。

(図2)

信託2

① まず、株主Dさんが後継者Cさんとの間でY社株式(一部または全部)を信託財産として「信託契約」を結ぶ。(Dさんを「委託者」兼「当初受益者」、Cさんを「受託者」とする)
② ①に基づき、Y社の株式の名義の一部または全部をCさんに変更する。
③ 現株主Dさんから株式会社Y社へ信託を開始したことを通知する。
④ 受託者Cさんは株主として、Y社へ議決権を行使するが、その行使に関しては「指図権者Dさん」の指示に従う旨を定めておくことで、実質の決定はDさんが行うことが可能になる。

基本のスキームは事例(1)と同じですが、「指図権者」にDさんを定めておくことで、実質の議決権行使はDさんの判断に基づいて行わせることができます
後継者の経営能力に不安がなくなってきたら、指図を行わないなど指図権を柔軟に行使し、段階的に権限を委譲していくことも可能になります。


事例(3)

株価が低く株式の移転はすぐに行いたいが、後継者の経営能力に不安がある。株式は移転させて、実権はまだ父親に持っていてほしい。」という問題を解決したい。

Eさん(25歳)は株式会社Z社の後継者である。現社長は父Fさん(59歳)だが、10年後をめどに代表交代し、Eさんは社長に就任する予定です。
Z社は長年の赤字をやっと解消し、来期以降は黒字になる見通しです。現時点でのZ社の株価は0円であり、課税や資金調達を考えなくてよいので、株式を後継者に移転するには今がチャンスだと思っています。ただ、後継者Eさんは経験が浅く、まだまだ経営を任せるには不安がある状態です。

<株式会社Z社>
後継者 Eさん(25歳)
現社長 Fさん(59歳) Z社社長、Z社の創業者で株式は100%所有
Z社の株価 0円
ただし、来期以降は利益が出る見込みなので、今後は株価が上がる可能性がある

 

解説(3)

事例(1)(2)と大きく異なるのは、株価が低いことです。株価が低くても、後継者に経営能力があるのであれば、すぐに贈与や売買を行うなどして株式の所有権を移転すれば問題ありません。その場合であれば、贈与税や多額の資金調達の心配もなく、わざわざ信託を活用する必要はありません。
 株価が低い場合に問題となるのは、後継者がまだ若かったり、入社したばかりで経営能力がまだ身についておらず、現経営者からすると経営を任せられない場合です。

この場合でも信託を活用すると解決策が見えてきます。そのスキームを具体的にみていきましょう。

(図3)

信託3

前提)経営者Fさんから後継者Eさんへ株式の全てを移転している。
①  まず、株主Eさん(後継者)とFさん(経営者)の間でZ社株式を信託財産として「信託契約」を結ぶ。(Eさんを「委託者」兼「当初受益者」、Fさんを「受託者」、さらに「予備受託者」をEさんとする)
②  ①に基づき、Z社の株式の名義をFさんに変更する。
③  現株主Eさんから株式会社Z社へ信託を開始したことを通知する。
④  受託者Fさんは株主として、Z社へ議決権を行使する
⑤  Fさんの高齢化に備えて「予備的受託者」をEさんとする定めをしておく。

注意して見ていただきたいのは、信託の前提として株式の全てを経営者から後継者へ売却又は生前贈与等により移転しているということと、それによって、事例(1)(2)と逆に「後継者から経営者に」株式を信託することが可能となる点です。(つまりこれまでと逆パターンの信託を行う)

今まで見てきた事例と異なり、「委託者」と「受託者」を逆にすることができるので、名義は一旦信託に基づいて経営者Fさんに戻ることになります。なので、Fさんはこれまで通り議決権を行使すればいいのです。
今後、後継者Eさんに任せられるような時がくれば、信託契約を解除し、その後は後継者Eさんが自分の判断で議決権を行使し会社経営を行うことになります。

単に信託契約の解除になるので、課税の問題は発生しません(株式の所有権、受益権は後継者Eのままなので信託解除のみで済みます)。この場合のメリットは、株価がゼロ(または低額)のうちに売却(または生前贈与)を済ませられるため、株式にしての事業承継の問題が早期に解決できる点です。また株価が低いうちに後継者に株式を移転しているので、今後課税の問題も生じません
経営者としては、後継者の育成に注力することができるのです。
更に、経営者Fさんの高齢化に備えて、「予備的受託者」をEさんと指定しておきます。このケースだと、長期的に信託を活用する可能性がありますので(後継者Eさんが若いまたは経験が浅いなどの理由による)、その分経営者の高齢化リスクも高まります。認知症などでFさんが議決権を行使できない場合に備えて、代わりに行使する人を定めておきます。(このコラムではEさんを予備的受託者をしていますが、この辺をどのようにアレンジするかは会社の実情によって検討の余地があります。)


・まとめ

今回は、株式の信託と事業承継についてみてきましたが、考えるポイントは大きく分けると二つあります。一つ目は株価が高いか低いか、二つ目は後継者の経営能力が高いか低いかです。

①株価が高くて後継者の経営能力が高い →事例(1)信託の活用を検討
②株価が高くて後継者の経営能力が低い →事例(2)信託活用、指図権を活用
(上記①②では、株価対策は別途必要となります)
③株価が低くて後継者の経営能力が高い →売買又は生前贈与・・業績改善に注力
④株価が低くて後継者の経営能力が低い →事例(3)信託活用、生前贈与

 

事業承継と信託という視点でみてきました。もちろん信託が全てではなく、種類株式なども活用して個々の会社にあった対策を検討することが重要なことです。株式に対して万全に手を打っても、肝心の後継者の経営能力が身についていなければその対策が無駄骨になってしまうこともありうるし、経営能力だけを磨いて、統治基盤の要である株式に対して全く手を打たなければ、いつまでたってもオーナー経営者にはなれません。大切なのは、そのどちらも重要なものであると認識したうえで、バランスを持った対策を検討することです。
信託契約は、委託者と受託者の信頼をその根拠にして成立するものです。信託を事業承継に活用する際には、経営者と後継者が信託契約の内容についてきちんと話し合い、納得した上で権限をどこまで任せるのか、または任せないのかを話し合う必要があります。(契約である以上一方的ではいけません。)その時に後継者の立場からすると、自分には経営能力があり、株式も譲り受けて当然と思っていたのに、経営者からみると、まだまだ任せられないなどといった食い違いが発生するかもしれません。経営者からの評価に一喜一憂するのではなく、「超友好的な乗っ取り」の一つの手段としてぜひ信託を活用して頂きたいと思います。

(後継者の学校パートナー 九州校代表 村中順子)

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